ずっと流れ落ちてるようで
卻總是輕易流逝
風(fēng)に耳を塞いでた
風(fēng)兒輕掩雙耳
僕の心の片隅にも
在我內(nèi)心的角落
出しっ放しの何かがあるよ
有著長(zhǎng)久擱置的東西
このままじゃいけないと
不可以繼續(xù)這樣下去
そう気づいていたのに
明明已經(jīng)有所察覺(jué)
見(jiàn)ないふりをしていたんだ
卻依然裝作視而不見(jiàn)
膨大な時(shí)間と何だってできる可能性
我們擁有龐大的時(shí)間 無(wú)所不能的可能性
自由はそこにある
自由就在那里
何度目の青空か?
這是第幾次的藍(lán)天?
數(shù)えてはいないだろう
你沒(méi)有好好數(shù)過(guò)吧
陽(yáng)は沈みまた昇る 當(dāng)たり前の毎日
夕陽(yáng)西落 旭日東升 理所當(dāng)然的每日
何か忘れてる
卻感覺(jué)忘了些什么
何度目の青空か? 青春を見(jiàn)逃すな
這是第幾次的藍(lán)天 ? 別錯(cuò)過(guò)青春
夢(mèng)中に生きていても
即便你為生活拼盡全力
時(shí)には見(jiàn)上げてみよう(晴れた空を)
也請(qǐng)你偶爾仰望天空 (那片晴天 )
今の自分を無(wú)駄にするな
別浪費(fèi)現(xiàn)在的自己
蛇口の水に觸れてみたら
輕觸水龍頭流下的水
その冷たさに目を覚ましたよ
那份冰涼讓我驟然蘇醒
ほとばしる水しぶき 與えられた命は
濺出的水花 被賦予的生命
掌に重たかった
沉沉的壓在手掌心
いつかやるつもりと
就算腦海里下定決心
頭の中で思ってても
總有天要去行動(dòng)
永遠(yuǎn)は短い
永遠(yuǎn)卻很短暫
何度目の青空か?
這是第幾次的藍(lán)天?
數(shù)えてはいないだろう
你沒(méi)有好好數(shù)過(guò)吧
陽(yáng)は沈みまた昇る 當(dāng)たり前の毎日
夕陽(yáng)西落 旭日東升 理所當(dāng)然的每日
何か忘れてる
卻感覺(jué)忘了些什么
何度目の青空か?
這是第幾次的藍(lán)天?
青春を見(jiàn)逃すな
別錯(cuò)過(guò)青春
夢(mèng)中に生きていても
即便你為生活拼盡全力
時(shí)には見(jiàn)上げてみよう(晴れた空を)
也請(qǐng)你偶爾仰望天空 (那片晴天 )
今の自分を無(wú)駄にするな
別浪費(fèi)現(xiàn)在的自己
目を閉じてみれば 聴こえて來(lái)るだろう
輕輕閉上眼睛 便能聽(tīng)到那聲音吧
君が出しっ放しにしてる音
不絕于耳 只屬于你的聲音
僕らも空も晴れだけじゃない
我們也好 天空也罷 都不是只有一種風(fēng)景
この次の青空は いつなのかわからない
無(wú)法預(yù)料 下次的藍(lán)天 何時(shí)會(huì)來(lái)到
だから今 空見(jiàn)上げ 何かを始めるんだ
因而現(xiàn)在 仰望天空 開(kāi)始去做點(diǎn)什么吧
今日できることを…
今天力所能及的事…
この次の青空は 自分から気づくだろう
下次的藍(lán)天 得由自己去察覺(jué)吧
涙が溢れてても
即便淚水奪眶而出
太陽(yáng)は滲まないさ(ちゃんと見(jiàn)れば)
太陽(yáng)依舊清晰可見(jiàn) (只要用心去看)
君はもっと強(qiáng)くなれるよ
你能蛻變得更堅(jiān)強(qiáng)
今を生きるんだ(時(shí)は流れても)
我們活在當(dāng)下(哪怕時(shí)光流逝)
僕は流されない
我也不會(huì)隨波逐流